こんばんは。時文(@toki23_a)です。
『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』の第四章「ナンバーワンのファン」を読みました。
本小説は、TVアニメ『サマータイムレンダ』ラストの延長線上の世界が舞台のスピンオフ。
単体でも楽しめますが『サマータイムレンダ』、そしてコミック『サマータイムレンダ2026 未然事故物件』を知っている方がより楽しめます。
アニメ版でも原作コミックでも良いので、先に『サマータイムレンダ』を最後まで観て(読んで)から読むのがオススメです!
ここから先──
「はじめに」では『サマータイムレンダ』およびコミック『サマータイムレンダ2026 未然事故物件』の内容に触れています。
「感想&考察レビュー」以降は、加えて小説『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』の内容に触れています。
特に『サマータイムレンダ』は、ネタバレ厳禁の類いの作品なので、未視聴(未読)の方はご注意を!
本レビューの方針
本レビューは、章を読み終えた後に書いています。
よって『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』の次章以降のネタバレはなしなのでご安心ください。
各章リスト
※ 話数:リンクは各話レビューへ
本ブログ「ここアニ」では、アニメ『サマータイムレンダ』、コミック『サマータイムレンダ2026 未然事故物件』のレビューも書いてます。こちらからどうぞ。
はじめに
波稲は大学でレポート作成に追われていた。
そこへ、ひづるから電話が入る──
── いま私は監禁されている ──
小説『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』は、ひづる&波稲が、様々な怪奇現象に挑む1話完結の短編集です。
第一章「危機回避倶楽部」は、予知能力。
第二章「ゴースト&ドライブ」は、車が勝手に動き出す亡霊車。
第三章「呪われた絵画」は、購入した人は必ず不幸になる絵画。
最終章の第四章「ナンバーワンのファン」は、二重人格。
今回は超常現象ではなく、実在する症状、多重人格。
洋画『ミザリー』か、『スプリット』か。
でも、犯罪者に興味を持ってしまうのがひづるらしい(笑)。
いや、面白いのは、二重人格そのものだけではなく──
人格が切り替わるトリガー。
切り替わりを管理するためのルール。
そして、そのルールが張り巡らされた家。
全てが魅力に溢れ興味を引き、それがひづるをも引きつけるのです。
全章を貫く仕掛けもあり、読む手が最後まで止まりませんでした。
まさに最終章に相応しい!
では、今章を振り返っていきましょう。
感想&考察レビュー (以降、ネタバレあり)
ここからは『サマータイムレンダ』および『~未然事故物件』に加え、『~小説家・南雲竜之介の異聞百景』の内容に触れているので未読の方はご注意下さい。
主なトピック
※クリックすると該当項目へ
監禁
ひづるが目を覚ますと、見知らぬ部屋にいた。頭が痛み、ポケットにはファンレター、そして両足には足かせが・・・。
プロローグ
ひづるが部屋で逆立ちを始めたのは、彼女が七四通目のファンレターに目を通していたときだった。
- 中略 -
ノイズをすべて排し、壁の一点を見つめ続けている。これまで見てきた逆立ちのなかでも、群を抜いて強い集中状態に入っていることがわかった。
by 『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
第四章「ナンバーワンのファン」は、逆立ちからスタート。
それも、これまでに見たことがないほど集中している、ひづる。
思えば、この時すでに、ひづるには黒幕まで見えていたのだと思われます。
黒幕が、また誰かを利用して、ひづるに仕掛けてきたのだと。
だから──
少し間、留守にするかもしれない。音信不通になるかもしれないが心配はするな。ここの部屋の鍵は郵便受けのなかの天井部分に貼り付けておく。好きに使ってくれていい
by 南方 ひづる『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
波稲に、こんな言葉を残したわけですね。
音信不通になるような状態で、少し家を空ける。
ひづるは、監禁されることまで予想していたのです。
目覚めるとそこは・・・
起きると見知らぬ部屋にいた。開いた窓から入る風がカーテンを揺らす音で、ひづるは目を覚ました。頭がひどく痛み、石を詰め込まれたみたいに重かった。
by 『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
おお!
ひづる視点です!
小説『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』は、これまで波稲一人称でした。
第四章は、ひづる視点と波稲視点が切り替わる三人称スタイルになりました!
見知らぬ部屋で、キングサイズのベッドに一人で寝ていた、ひづる。
頭が痛く、ここがどこだか分からない。
いや、昨夜何があったのかすら思い出せない・・・。
水分を取り落ち着くと、少しずつ記憶が蘇ってくる──
『はじめまして、南雲竜之介先生。私はあなたのナンバーワンのファンです』
- 中略 -
「そうだ。それで柊木凪に会いに行った」
彼女はファンレターのなかでひづるに会いたいと意志を伝えてきた。by 『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
ベストセラー作家南雲竜之介の元には、ファンレターはたくさん来る。
ひづるは、会いたいというファンの要望に全て応えているわけではない。
が、凪の「ナンバーワンのファンです」という強い断言口調に興味を引かれたのです。
『ミザリー』か
柊木がまた笑う。それから徐々に、笑い声が大きくなっていく。
「う、ふふ! 先生だ! 先生がいるわたしの部屋にいる! ああ、夢が叶った。努力すれば夢って叶うんだ。スポーツ選手の言っていた通りだなぁ」
どたどた、とその場ではしゃぐように足を鳴らす。体のなかに小学生でも入っているようだった。by 『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
このセリフを読んだ瞬間、私の頭に浮かんだのはホラーの帝王、スティーブン・キング著『ミザリー』です。
『ミザリー』で、作家を監禁した女性は、作家に対して「ナンバーワンのファン」を名乗ります。
そうです。
柊木凪と同じですね。
でも、それ以降の展開は全く違うのでご心配なく。
ただ、私は引っかかってしまいました(苦笑)。
『ミザリー』で作家を監禁したのは、中年女性。
元看護師で、患者の扱いも慣れています。
体格も女性ながら逞しく、男性作家と渡り合えるほど。
冒頭、車から作家を救い出すシーンで、女性は作家を一人で担いでいきます。
小説『サマータイムレンダ2026~』で、ひづるを監禁したのは『ミザリー』とは全く違う、今どきの少女。
冷静に考えれば、一人の少女が長身のひづるを運べたとは思えません。
でも、熱狂的なファンによる作者の監禁と聞くと、『ミザリー』の影響で一人で家まで運び込んだのだと思い込み、協力者がいたなんて微塵も疑いませんでした(苦笑)。
まんまと、やられました。
これも計算されていたのでしょうか。
だとしたら、上手いですね~~。
ミステリー作家を釣るエサ
ジャケットを着ようとベッドから起きかけたところで、足が上手く動かないことに気づいた。誰かにつかまれ、引っ張り戻されたような感覚があり、シーツをめくると、両方の足首が縛られていた。革のベルトが巻かれ、そこから南京錠を通して伸びたチェーンがベッドの端に固定されている。
by 『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
ひづるが、拉致監禁!?
でも、ひづるには予感がありました──
手元のファンレターを握る手に力がこもる。会う前から、トラブルに巻き込まれる予感があった。嫌な予感ほどよく当たる。
by 『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
だから、波稲にあのような言葉を残し、柊木凪には一人で会いに行ったのです。
『先生はわたしのことがきっと気になるはずです。それをお知らせすることが、今回手紙を書かせていただいた目的です』
予言めいた内容のこの手紙の通り、事実、ひづるは彼女に興味を抱くことになった。そして監禁された。見事に釣られた。彼女が垂らした餌はひづるにとってあまりにも魅力的で好奇心のそそられるものだったから。by 『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
予感していたのはひづるだけではありません。
ファンレターを出した凪(なぎさ?)の方も、読んでいたのです。
ミステリー作家を釣るには好奇心を刺激するのが一番。
特に、ひづるの興味を引くには効果的だったのです。
手元の便せんに目をやる。ひづるの過去の作品に関する感想が記述されている文章。その最後に書かれた一文。ひづるが柊木凪に興味を抱いたもっとも大きな理由が、その一文にあった。
『私はいま、二重人格に悩まされています』
by 『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
監禁(1日目) 二重人格
二重人格の「なぎさ」に興味を持ったひづるは、拘束を解いてもらい家を案内してもらう。
二人のなぎさ
「ファンレターに書いた通り、わたしたちの体には二つの人格があります。わたしは『なぎさ』で、もう一人は『凪』。便宜上はそう分けています」
by 柊木 なぎさ『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
凪には、二つの真逆の人格が──
- 凪
-
主人格、つまり生まれつきの人格は「凪」。
控えめで、自己肯定感が低く、いつも相手を気遣う優しい性格。小説の好み:恋愛小説、伝記物、サスペンス、南雲竜之介作品
- なぎさ
-
もう一つの人格が「なぎさ」。
我が強く、願うモノは全て手に入れたい性格。
活発で、少し幼い所がある。小説の好み:ミステリー、SF、南雲竜之介作品
ひづるを、薬で眠らせ拉致したのは、なぎさ。
エサ① 白線
「白線で生活圏を分けているのか」床を指しながらひづるが訊いた。
「家のなかを案内します。白線が引いてあるのはここだけじゃないので」by 『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
床に引かれた白線を越えた瞬間に、切り替わる人格。
なんだ、その設定!?
メチャクチャ面白いじゃないですか!(笑)
床に引かれた白線は、途切れることなく、部屋の外まで続いています。
家の中はどのようになっているのか。
二人はどのようにして生活をしているのか。
ひづるでなくても興味を引かれてしまいます。
ましてや、好奇心オバケのひづるさんが、こんな好機を逃すはずがありません!(爆)
二階の廊下は壁に沿ってコの字型に設置されており、体育館のキャットウォークを思わせるつくりになっている。リビングの空間を挟んだ向かいに、もう一つ部屋があるのがわかった。
「ここは一軒家というよりコテージか」by 『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
「コテージ」
郊外に建てられた別荘風の建物。
元々は山小屋という意味。なので山小屋のような建物をコテージと呼んでいました。
日本では、トイレやシャワーはもちろん、家具や家電製品を設置して、海沿いやキャンプ場に宿泊施設として貸し出されたりしています。
廊下に出ると、吹き抜けになっており、一階の様子をまるごと見下ろすことができた。部屋のなかにあった白線は、一階のリビング内にもしっかりと引かれているのが確認できる。この家のなかをきれいに横一直線で分断しているらしい。
by 『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
一軒家ではなく、コテージ。
監禁されていた部屋を出ると、1階をまるごと見下ろせる。
階段を下りて、リビングの先にある階段を上ると、凪たちの寝室が。
それを、横一直線に白線で分断する。
う~~ん。
私の頭の中には、横長の見取り図しか思い浮かびません(苦笑)。
となると、かなり贅沢な造りのコテージですね。
下りた先、一階に広がるリビングの光景は、ひづるの好奇心をさらに刺激してきた。リビングの中央に配置された食卓テーブルにも白線が引かれる徹底ぶりが、まず目を引く。
食器棚と冷蔵庫が二つあり、それぞれ向かい合うようにして壁沿いに設置されている。凪となぎさ、それぞれの私物だろう。なぎさ側の食器棚のなかはプラスチック製やシンプルなデザインの皿が多い反面、線を越えた向こう側にある食器棚のなかは、ガラス製や焼き物、装飾の凝った皿が彩り豊かに並んでいる。by 『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
凪となぎさの性格を表すような食器棚と冷蔵庫も興味深いですが、異様なのは、食卓テーブルにも白線が引かれる徹底ぶりですね。
テーブルの上を歩くわけでもないでしょう。
ならば、テーブルの下(床)に白線を引けば良いのに──
まるで、少しでも切れ目があれば、抜け穴になってしまうかのような徹底ぶりですね・・・。
「トイレと風呂場も一つずつありますよ。どうですか? 面白いですか?」 「……ああ、そうだな」
柊木凪。彼女が一人きりで住んでいるコテージには、まるで二人の姉妹が一緒に暮らしているような印象を受ける。というより、一つの家のなかに、二つの家が存在しているような心地だった。明確な境界線と、徹底された分断。by 『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
トイレと風呂場も一つずつ、つまり二つあるコテージ。
ひづるが考えるように、(物理的には)一人しか住んでないので、まるで二人の姉妹が暮らしているような家。
それどころか、一つの家に、二つの家が存在するような、完全な分断。
ちょっと想像するだけで、好奇心をそそられる・・・失礼、不気味ですね(笑)。
そしてメインディッシュの二人の寝室──
「寝るベッドも分けているのか」
「もちろんです。シーツの堅さの好みも、枕の高さの好みも、ぜんぶ違いますから」by 『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
二重人格とは、一つの身体に別の人格があることを言います。
別の人格であれば性格が違うのは当然。
であれば、睡眠環境も何もかも好みが違ってくるのです。
「キミ一人で住んでいるのか?」
「正確には『二人』ですね。母と住んでいましたが、10年前に他界しました。さあ、まずは一階から案内しましょう」by 『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
二重人格は互いを別の人と認識。
同じ身体を共有していても、片側から見たら別人なのです。
だから、なぎさから見たら、この家に住んでいるのは二人。
同時に生活をすることはありませんが、この家には、もう一人住んでいるのです。
実に興味深い!
この家の中の案内シーンだけでも、映像(アニメ)で観たいですね~~。
エサ② ルール
続いて、人格が入れ替わる条件──
「白線を越えると、自動的に人格が交代するのか」
「そうです。凪と話してそのように取り決めたので。二人で決めたルールは深層心理下に根付くので、逆らうのは不可能です」by 『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
わたしと凪は一日ごとに人格を交代します。昼の0時になるとボーダーラインを越えて意識を譲る決まりです。たいていはこの寝室で交代します
by 柊木凪(なぎさ)『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
「逆らうのは不可能」という所がポイント。
白線を越えると、自分の意志とは関係なく、強制的に人格が交代してしまうのです。
ならば、白線を越えなければ良いのでは・・・。
ずっと白線内にいるとどうなるのでしょう?
ラストの結末から想像するに──
どうやら、「昼の0時になるとボーダーラインを越える」ルールは、二人で決めた割には、逆らうことができるようです。
つまり、白線を越えなければ、ずっと自分の人格のままでいられるでしょう。
だけど、凪は外へ出られないので、白線内から出なければ外出できずいずれ餓死してしまう。
なぎさは外に出られるので、凪がいなくても生きていけます。
なぎさに取っては、凪に交代する絶対的な必要性はないのです。
凪に交代するのは、昼の12時に入れ替わるという紳士協定を守っているに過ぎません。
このことからも、なぎさは凪のことを実は大切にしているのが読み取れますね。
「白線をまたがっている間はどうなる? つまり、白線に半分ずつ体がある場合だ」
「さすが先生、面白い質問。その場合は人格の主導権が不安定になるので、意志の強いほうが支配します。そしてわたしはあの子より強いです。体の一部だけではなく、完全に越えることで人格が交代します」by 『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
白線をまたがった場合は、人格の主導権が不安定になる。
つまり両方の人格が競合しあう。
でも、同時に二つの人格が表に出られないので、意志の強い方が身体を支配するというのです。
いや~~面白いですね。
自分の意志でなく、人に担がれて白線を越えれば、どうなるか。
#これは、ラストでひづるが試したので、変わります
目を瞑って白線が見えない状況で白線を越えたら、どうなるか。
#意識があれば、変わってしまうのかな?
白線がない場所、屋根、天井裏、床下、家の外で、白線の延長線上を越えたら、どうなるか・・・。
等々、色々試したくなりますね~~(笑)。 ←悪趣味(苦笑)
「このボーダーラインの取り決めはどれくらい前から?」
「10年です」
なぎさは淡々と告げた。彼女の裏の奥深くに潜んでいた異常性が、露出していく。
ひづるだけではなかった。この家に、監禁されていたのは。「もう10年、凪はこの家を出ていません」
by 『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
── ひづるだけではなかった。この家に、監禁されていたのは。 ──
いいですね~~このくだり!
ひづるが拉致監禁された家には、既に監禁されていた少女がいたのです。
しかもその少女は二重人格の内の一人。
普通、10年も監禁されたら、何らかの捜査の手が及びます。
だけど、二重人格は、第三者から見れば一人の人間ですから、監禁されているなんて事実には気付きません。
ひづるのように、家の中にまで入り人格交代のルールを聞いて初めて気付けるのです。
逆に言うと、10年前は凪も家の外に出ていたということ。
コテージに最初から白線があったわけではないでしょうから、その前はどうやって人格が交代していたのでしょうか?
もう一つの「なぎさ」が生まれた経緯、最初はどのような条件で人格が切り替わったのか気になりますね。
10年前と言えば母親が亡くなった頃。
母親がいなくなったことで、なぜこのような暮らし方を始めたのか、なぜ二つに分けるとき凪が家の外に出られないルール(白線)なのを凪が了承したのか・・・。
知りたい!
監禁(2・3日目)
監禁2日目12時過ぎ。ひづるは、人格が交代した凪とも話をする。
サマータイムレンダ
柊木凪が心酔したという『サマータイムレンダ』は、ひづるが14作目に書きあげた長編小説だ。ストーリーのアイデアが浮かぶのはたいてい街中を移動しているときや、入浴しているとき、読書や映画鑑賞をしているときが多い。だが『サマータイムレンダ』は少し例外だった。この話だけは、網代慎平が見たという夢の話から想起し、書いたものだ。誰かの夢の内容をアイデアとして取り入れたのは、あとにも先にもこれだけだった。
by 『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
アニメ『サマータイムレンダ』最終話で、慎平がひづるに語った不思議な夢(体験)。(25話)
それをキッカケに、ひづるはスランプを脱出(笑)。(25話)
『サマータイムレンダ』エピローグで語られた本が、後日談として語られるのは嬉しいですね。
それどころか、作家・南雲竜之介が、他人の夢の内容を取り入れたのは後にも先にもこれだけというのが、南雲先生の大ファンである慎平にとっては至上の喜びではないでしょうか。
いや~~慎平に聞かせたい(笑)。
監禁を体験!?
「別に不快ではない。興味深い体験をさせてもらっている。それと、冷蔵庫の中身を勝手に使わせてもらった」
「あ、はい、かまいません。お好きに使ってください。というか先生、加害者であるわたしが指摘するのも変な話ですが、順応が早いような……」
「せっかくの監禁体験だ。ミステリ作家たるもの、一度はファンに監禁されておかないとな。監禁されて初めて箔がつくというものだ」
「そういうものですか」by 『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
さすが、南雲先生!
監禁されているのに、勝手に冷蔵庫を開けて自分で食事を済ます図々しさ(笑)。
まるで”監禁”ツアーパックの如く、監禁生活を楽しんでいるご様子(笑)。
小説家たるもの、何ごとも糧にする精神ですね!
この好奇心が、ひづるの原動力であり、アイデアの元となるのです。
連絡手段
なぎさが片手に持っていたスマートフォンを見せてくる。それから音声メッセージを再生してきた。
『今日のどこかで先生と話をさせて。五分でいい』
メッセージはそれで終わった。凪がなぎさに残した自分宛てのシンプルな伝言だった。
「なるほどな。人格交代中、相手に伝える手段としてボイスメッセージを利用しているのか。私が二重人格でもおそらくそうする」by 『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
小説『サマータイムレンダ』だけでなく、ボイスメッセージも出て来ました!
ボイスメッセージは、アニメ『サマータイムレンダ』で──
慎平:先生、どうしたんですか?ずっと何か聞いているみたいで。
根津:あいつには、ひづるの時の記憶ないさけ。by 『サマータイムレンダ』TVアニメ第7話
ひづるが、竜之介と情報交換をするときに使っていた手法です。(7話)
ひづるの「私が二重人格でもおそらくそうする」というセリフを読むと、ニヤリとしてしまいますね(笑)。
逆に、ひづるが「おそらくこうする」と言うことは──実際にはやってことはない──つまり、作中作『サマータイムレンダ』には、ひづると竜之介は出てこないということですね。
波稲も好奇心には逆らえない
一方、波稲は──
「監禁されている人間が自分から報告してくるなんて、いったいどういうシチュエーション? 本当に心配はいらないってこと? それとも脅されて電話をかけてきた?」
奇妙な出来事に遭遇するひづるの取材から離れようとしているというのに、離れれば離れるほど、考えずにはいられなくなる。by 南方 波稲『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
レポート作成に集中しないといけないのに、ひづるが残した言葉が気になって何も手に付かない波稲。
ひづるは、波稲のことを分かっているようで分かってないですね!(笑)
波稲はきっちり理解しないと納得しないタイプ。
監禁されているなんてことを聞いたら、心配しなくても良いと言っても、それは逆効果。
ひづるが波稲に心配を掛けないよう気遣った連絡は、かえって波稲に心配を・・・いや好奇心を刺激してしまったのです(笑)。
悩むのはやめた。迷うのも終わりだ。目の前にある葛藤も、問題も、すべて自分の糧にしよう。
スナック菓子の袋を片づけ、外出の準備を始める。
「ひづるちゃんの居場所をつきとめる。それが終わったらレポートを完成させる!」
どちらも捨てない。すべて吸収して、将来の知恵にする。
答えを出した波稲は、勢いよく家を飛び出した。by 南方 波稲『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
波稲もひづるに負けず劣らずの好奇心オバケ(笑)。
もちろん、波稲は、ひづるを心配しているのでしょう。
心配しているからこそ必死に手がかりを探したのです。
ただ、その心配な気持ちと同時に、好奇心も隠せないというのが波稲であり、ひづるではないと私は解釈してます。
ひづるの家に行ってからの波稲が凄い!
箱をひっくり返すと、ファンレターがあたりにあふれかえる。300通以上はある手紙のなかから、まずはあのとき、テーブルに置かれていたものをピックアップしていく。
過去の記憶の光景と照らし合わせながら、手紙を一通ずつ確認していく。集中を要する作業だった。しかし波稲は手を止めず、ひたすら選別を続けていった。 ピックアップした手紙から、今度は消えている一通を探し出す。頭のなかでリストをつくり、手元にある手紙から順番に名簿の名前を消していく。by 南方 波稲『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
ひづるが監禁された場所の手がかりは、ファンレターの中にあると踏んだ波稲。
その1通のファンレターを探そうとする。
まずは箱に入った300以上の手紙。
その中から、テーブルに置かれていた74通の手紙をピックアップ!?
続いて、74通の手紙の中から消えている手紙を探す。
いずれにせよ・・・波稲は柊木凪のファンレターだけが、ここには存在しないのを突き止め、凪の住所も把握!
波稲の映像記憶能力が成せる技ですね!
監禁(3日目) 脱出
監禁されてから3日目の朝、ひづるは脱出を決行する。
脱出
「ああ、そろそろおいとまさせてもらうことにした。キミを置いてここを出る」
「昨日話したこと、忘れたんですか?」
「キミが死んで、わたしの記憶に残り続けるとかいう話か。ちゃんと覚えてるよ。語弊があったようなので言いなおそう。私はキミ『だけ』を置いてここを出る」by 『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
ついに3日目の朝、ひづるは脱出を決行。
昨夜、凪と約束をし、彼女も一緒に連れて行くことにして──
「……寝ている間に運んだんですか」
「意識を失っている間は、白線を越えても人格は交代されない。キミたちから教えられたルールだ。利用させてもらった」by 『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
家を分断したように引かれた白線ルールを、どのようにして掻い潜るのか。
寝ている間に「なぎさ」を「凪」のエリアへ移動させる。
次は「なぎさ」の意識がある内に、白線を越えさせたのです。
分かってみれば、とても単純な方法──
ちなみに、凪とともにここを脱出する方法は八通りほど思い浮かんだ。今回はそのなかでも一番シンプルに済む方法を採用した。凪が外に出れば、しばらくキミが目覚めることもないだろうから、最後の余暇に残りの七通りでも考えていたまえ
by 南方 ひづる『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
ひづる自身も言ってますね──「一番シンプルに済む方法を採用した」と。
一見、難しい条件に見えますが、複雑な仕掛けこそ意外と抜け穴があるものです。
私もひづる先生ほどではないですが、幾つか脱出方法は思い浮かびました。
でも、その前に──
気になる表現をしてますね、ひづるは。
凪が外に出れば、しばらくキミが目覚めることもないだろうから、最後の余暇に残りの七通りでも考えていたまえ
by 南方 ひづる『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
凪を外に連れ出すことができました。
家に戻らなければ、なぎさが出てくることは、もうないでしょう。
なのに、ひづるは「しばらく」目覚めることもないだろう、と言いました。
これは、後のメモで、なぎさが自殺することを知らないから、そう思ったのか。
それとも、白線を越える以外にも、なぎさの人格が出てくる予感があるのでしょうか・・・。
いずれにせよ、決して悪人ではなかった「なぎさ」。
またいつか再登場して欲しいですね。
他の脱出方法
ちなみに、凪とともにここを脱出する方法は八通りほど思い浮かんだ。今回はそのなかでも一番シンプルに済む方法を採用した。凪が外に出れば、しばらくキミが目覚めることもないだろうから、最後の余暇に残りの七通りでも考えていたまえ
by 南方 ひづる『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
凪と共に脱出する方法、私も考えてみました♪
白線を越えなければ良いので、
まあ一番単純なのは、白線と関係ない箇所から家の外へ出れば良いのです。
➊ 窓を破って外へ出る
➋ 壁を壊して外へ出る
窓が2階にしかない様子なので、縄を使うかハシゴがあると良いですね。
でも、上記方法は乱暴だし、面白くないですね(笑)。
白線を越えなければ良いのです。
なので、私が思いついたのは、白線を変えること。
消せば良いのです。
白線がなければ、そこから抜けられるのです。
逆に言うと、白線が消されるとマズいので──
白線はテープかと思っていたが、よく観察するとペンキで塗られていた。
by 『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
ペンキで塗られていたわけですね。
それと、抜け道にならないよう──
リビングの中央に配置された食卓テーブルにも白線が引かれる徹底ぶりが、まず目を引く。
by 『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
テーブルの上にも白線が引かれていたのです。
テーブル上にまで白線があるということは──床に白線があっても、テーブル越しに白線を越えれば抜けられることを示唆しているのではないでしょうか?
つまり、白線が見えなければ、越えたことにはならない可能性があるのです。
白線を消すと言っても、簡単には消せないよう白線はペンキで描かれています。
ならば──
➌ 床を剥がして床ごと白線を無くす
➍ 床と同じ色で白線を上書きをして消す(白線が分からないようにする)
➎ 白線の上に絨毯を敷く
等々の方法が考えられます。
➌が一番確実だと思うのですが、床を剥がして(元々白線があった箇所を)越えていくなら、壁を壊して外へ出た方が簡単ですね。
まあ、壊す範囲が床の方が小さくて済むでしょうが(苦笑)。
➍➎は、白線を見えないようにしただけなので、潜在意識でそこに白線があったと認識してしまうと失敗するかもしれません。
あとは、白線が引かれたテーブルを90度回転させて、白線が引かれてない箇所を通っていくという方法もありますね。
#➎の変形版とも言えますね
それでも、床に白線があったと意識してしまうと、潜在意識で越えてしまったと認識してしまうかも・・・。
でも、それなら、テーブルにまで白線を引く必要はないのです。
凪も、この10年の間に外へ出たことがあると言ってました──
「ささいなきっかけでした。わたしがうっかり階段で足を踏み外して、気絶したまま白線をまたいだんです。白線を越えた自覚がなく、目を覚ましたとき、わたしはまだわたしのままでした」
「ふむ、つまり白線を越えたという認識がなければ、人格は交代しないのか。それでキミはどうした。そのまま逃げ出さなかったのか?」
「なぎさが異変に気付いて、激しい抵抗に遭いました。頭の中で叫ぶんです、ずっと。ルール違反だ、ルール違反だ、ルール違反だ、って」by 『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
認識ない状態で白線を越えたときは人格は交代しない。
だけど、事後とはいえ越えてしまった事を認識してしまうと、もう一人も気付いてしまう?
どうやら、白線を越えたという事実認識が重要なようです。
そこで私が思いついたのは──
➏ もう一本、白線を引くことです。
なぎさと凪は、白線を越えると人格が入れ替わります。
ならば、白線の右側(凪側)にいる間に、境界線の手前にもう一本白線を引く。
こうすれば、「凪」は1本目の白線を越え「なぎさ」に、2本目の白線を越え「凪」となり、玄関側のエリアに「凪」が行けるのです。
1本目の白線を越えて、2本目の白線を越える方法は──
ひづるがやったベッドごとでも良いですし、足を拘束して引っ張ってもOK。
道具を用意できるのであれば──
台車のような物で移動させるのが一番簡単。
滑り台のような傾斜を用意して、落ちてくるのを待つなんて方法も良いかも。
いずれにせよ、凪は協力してくれるから自分の意思で白線を越え、なぎさにどうやって白線を越えさせるかを対策すれば良いのです。
もう一つ思いついたのは──
➐ 白線を太くして、玄関の外まで白線にする
白線を越えなければ良いのです。
ならば、リビングの白線をどんどん太くしていって、玄関まで白線にする。
玄関の外まで白く(白線に)しておいて、白線の境界線を越えずに、そのまま横へスライドして外へ出てしまう。
でも、境界線をまたがっていると人格は不安定となり意志の強い方の人格になります。
なので、太い境界線上にいると、同じ事象が起きるかもしれないですね。
そうすると、途中で、なぎさに乗っ取られる可能性があります(苦笑)。
結局、ひづるがやった、寝ている間に「なぎさ」を「凪」のエリアへ連れて行くのがシンプルかつ有効な手段だったのです。
◇◇◇◇◇
さて、無事に家の外に脱出した凪ですが、気になることが一点。
凪は、どこにでもある白線──例えば道路の歩道に引かれた白線──を越えても問題ないのでしょうか。
それとも、コテージに引かれた白線を越えた時のみ、人格が切り替わるのでしょうか。
後者なのでしょう。
なぜなら、なぎさは毎日のように外出していました。
日本の道路は白線だらけです。
全ての白線で人格が切り替わってしまうなら、なぎさが外出時、もっと頻繁に「凪」が出現していますね。
家の外に出れば、もう一つの人格が出てくる心配はないのです。
なぎさの目的
歩きながら、ひづるが何気なくジャケットのポケットに手を入れたときだった。なかに何かが入っているのに気づき、取り出すと、一枚のメモ用紙だった。めくると、短い文でこうあった。
『すみませんでした。どうか あの子をよろしく。』
メッセージを残すとき、メモ帳を使うと言っていたのはなぎさのほうだった。ジャケットがいつの間にか消えていたと思っていたが、これをしのばせるためだったようだ。
「やはりこういうことだったか」by 『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
ひづるのジャケットのポケットに入っていた、なぎさからのメッセージ。
『私はいま、二重人格に悩まされています』
あれを書いたのは凪ではなく、なぎさのほうだ。凪は本の感想しか書いていないと自分で言っていた。助けを求めていたのは、なぎさのほうだった。引きこもり続け、このままではダメになってしまう主人格の凪を、ずっと気にかけていた。
生半可な決意ではだめだった。強い覚悟のもと、外に出ていかせる必要があった。だから南雲竜之介が必要だった。憧れの作家と一緒なら、凪も外に出られるかもしれない。だからひづるを誘拐し、監禁した。いつでも出られるよう脱出を促した。by 『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
ひづるを拉致監禁したのは、主人格の凪のため──
凪自身に、勇気を振り絞り、この束縛から出て行く決意をさせる。
大好きな南雲竜之介先生を拉致監禁し、凪に罪悪感を植え付け、ひづるを脱出させるよう仕向ける。
「他人に興味のない人間が、たくさんの人を惹きつけるベストセラー小説なんて書けません。違いますか? 先生は自分が思うより、きっと人間が好きなんです。だからわたしを忘れることはない。罪悪感を抱くことはなくても、記憶には残り続ける」
その言葉で、なぎさの目的がようやくわかった。自分を永遠にここに置いておきたくて、監禁しているのではない。むしろ彼女自身が、ひづるの頭のなかに住み続けたいと願うための策略だった。by 『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
一方で、ひづるに対しては、「なぎさ」をこのままにしておくと、自殺しかねないとインプット。
脱出の期日は決まった。凪も一緒に連れていく。彼女の人格のまま外に連れ出すことができれば、悪趣味な自殺をすることもない。すべてを解決させるための唯一の方法だ。
by 『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
「凪」と共に脱出するのが、ひづるにとって唯一で最良の解決策になるよう、誘導する。
「凪」は、南雲先生の誘いなら受けるかもしれない。
決意してくれるかもしれない。
「凪」は、まんまと「なぎさ」の思い通りとなり、ひづるも乗せられたのです。
「なぎさ」と「凪」。
性格は真逆でしたが、実は「凪」を一番理解しているのも「なぎさ」だったのです。
このメモを見せようかひづるは迷った。だけど結局、それを丸めてジャケットにしまった。なぎさは自分を犠牲にしてこの最後のメッセージを残した。これほど美しい自殺を、ひづるは知らない。
by 『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
「なぎさ」は、自分がいては「凪」は独り立ちできない、と考えいたのでしょうか。
「母の遺産で食いつないでいます。なぎさのほうも職にはついていません。きっといつかは破綻する生活です」
家のなかの白線だけではない。彼女は外にある社会とも境界線が引かれている状態だ。by 『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
「凪」は、将来を悲観していました。
だけど、本当の意味で将来を考えていたのは「なぎさ」だったのです。
だから、「なぎさ」は今回のひづる拉致監禁を決行した。
「なぎさ」は自分の存在を無くしてでも、「凪」に生きて欲しかったのです。
ナンバーワンのファン
波稲はひづるの監禁場所を見つけ出し、担当編集・強羅と共に向かっていたが・・・。
裏で糸を引いていた男
「どこから気づいてました?」
「違和感を覚えたのは、危機回避俱楽部のミスター・レイが予知をしたとき。私たちの服装や部屋での出来事を的確に言い当てた」by 『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
いつもヘラヘラしていた担当編集・強羅が豹変しただけでも驚いたのに、小説『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介』で描かれた第一章から全ての事件を、強羅が裏から糸を引き続けていたと言うのです。
確かにおかしな点はありました。
波稲が『鈴竹』を食べたことを、どうやって見抜いた? あの予知だけは、エキストラを使っても不可能だ
by 南方 ひづる『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
私も盗撮カメラを疑いましたが、「侵入された形跡は見つからなかった」とあったので、その可能性を消しました。(第一章)
侵入されたのではなく、いつもひづるの部屋に訪れていた強羅が仕掛けていたのです。
だから「侵入された形跡は見つからなかった」のです。
「最近、ミサキと面会し裏付けをしてきた。あっさり貴様の存在を明かしたよ。結局、彼女も本物の予知能力者ではなかった」
ファンには気をつけてください。最後にミサキはそう言っていた。いまになって、あの言葉の意味がようやく理解できた。by 『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
第三章で、ひづるはミサキに面会に行ったと言ってました。(第三章)
この時、既にひづるは強羅が裏で糸を引いていると知っていたのです。
ではなぜ、すぐに捕らえなかったのでしょうか?
この時捕らえていたら、波稲を怖い目に遭わすこともなかった。
それは、罪が曖昧なことと、証拠がないからですね。
この時点でやったのは、ひづるの部屋を盗撮したことと、「呪われた絵画」にニスを塗ったこと。
あとは、ただの情報提供。
第二章で、ひづるの前で事故を起こせと言っただけで、殺害指示をしたのではありません。
第三章で、絵画にニスを塗っても、毒が入っているとは知らなかったと言えば免れるかもしれないし、致死性の毒ではないので罪は重くない。
結果、証拠が足りない上に、逮捕できたとしても、盗撮と毒を塗った程度の犯罪でしか立証できないのです。
それと、強羅が直接犯行を起こしているわけではありません。
実行犯は別にいるのです。
もし、強羅が他に事件を仕込んでいたら──
強羅を捕まえても、実行犯が分からなければ犯罪は止められない。
だから──
貴様を今日まで泳がせていたのは、どこまでするつもりなのかを見定めたかったからだ。どこまで用意しているのかを知りたかった
by 南方 ひづる『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
今日まで強羅を泳がせていたのです。
男の目的
強羅の犯罪目的は──
「何から何までその通りです。個々の事件の真相なんて、僕にはどうでもよかった。ただ先生にインスピレーションを与える手伝いをする。それだけを目的に計画しました」
by 強羅『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
なんと、ひづるをどうこうするのではなく、ひづるにインスピレーションを与えるために犯罪を犯していたと言うのです。
それもこれも、南雲先生に最高傑作を作り上げてもらうため。
異常ですね。
でも、ある意味、確かに「ナンバーワンのファン」なのです。
第四章のタイトル「ナンバーワンのファン」は、柊木凪と強羅の二人を表していたのです。
「先生のデビュー作『シャドーボール』を読んで、虜になりました。そこで編集者になるという目標が決まりました。何がなんでもこのひとと作品をつくりたいと思った。先生と一作つくれるなら死んでもいいと思った。出版社に編集者として入社できても、必ずしも文芸の編集になれるとは限らない。ましてやベストセラーの作家の担当になんて、普通の方法でやっていたら絶対になれない。だから社内でも、色々よくないこともしてきましたよ。でもいいんです、すべて今日のためです」
by 強羅『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
作家と編集者。
編集者は作家が最高の作品を書けるよう、色々サポートするのでしょう。
強羅の場合は、ひづるにアイデアを授けるために奇妙な事件や現象に触れられるよう取り計らった。
最後は、拉致監禁を黙認してまで・・・。
ファンとは言え、異常なまでの思いを注いできたのです。
普通の人には理解できない。
ファンなら先生を傷付けるような事はしたくないだろうし、ましてや犯罪を犯してまで関われば、捕まったら今後好きな本を読めなくなるかもしれません。
重度なファンであればあるほど、作品に触れられないのは一番の苦痛。
だけど強羅は「先生と一作つくれるなら死んでもいい」とまで考えていたのです。
その一緒に作る方法は、ひづるに奇妙な体験をさせること・・・。
歪んでますね。
いや、結局は犯罪者の心情なんて共感できないのでしょう。
コミック『サマータイムレンダ2026 未然事故物件』でも、ひづるは言ってます──
理由を、言葉に置き換えるのは、たいてい不可能だよ。
言葉は人よりも後に生まれたものだから。by 南方 ひづる『サマータイムレンダ2026 未然事故物件』
人に何かしようという極限の感情なんて、たいていは言葉では説明できないのです。
本物の原稿
パソコンに揷さっているUSBメモリをひづるが回収するのを見ながら、波稲は訊いた。
「どうして本物の原稿を? 意地悪なひづるちゃんやったら、てっきり空のファイルでも入れたんかと思てた」
「意地悪とは失礼だな。普段からカバンにUSBメモリは入れていたし、本物の原稿ならあいつの油断をより確実に誘えると思ったからだ。そして何より……」
「何より?」
「本物の原稿をあと少しで読めるタイミングで捕まったほうが、劇的だ」
「……やっぱり意地悪だ」by 『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
強羅は、本物の原稿がやっと読めると思ったところで、逮捕されたのです。
上げて落とす・・・実にひづるらしい!
それよりも、ひづるが原稿を持ち歩いているのに驚きました。
と同時に「なぎさ」はやはり「凪」のことしか考えてなかったと気付かされます。
南雲先生のファンと言いながら、監禁しておいて、新作を読みたいとか、次の作品について質問すらしていないのです。
最初から、「凪」のことしか考えてなかったのが、よく分かりますね。
ひづるがずっと原稿が入ったUSBを持ち歩いていたのなら・・・
強羅よ、結局最後、強行突破するつもりだったのなら、なぎさと一緒に、ひづるを眠らせたとき、USBを抜き取って読んだ方が確実だったのでは・・・。
まあ、原稿を持ち歩いているとは知らなかったのでしょうね。
あ、3日目の朝、ひづるのマンションへ行ったのは、留守中を狙って原稿を盗み見しようとしたのかもしれないですね(苦笑)。
カレーのリズム
「カレエッ! カレッ カレッ! カレッ フンフン!」
「前からたまに聴くが、なんだその奇妙なリズムは」
「潮から教えてもろた歌やねん。歌ったあとに食べたら、カレーがより美味しくなる気ぃすんの!」by 『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
ここで出てきたか「カレーの律動」!
『サマータイムレンダ』本編でウシオが慎平のカレーを待っているときに歌っていたリズムですね。
カレエッ!
カレッカレッ!
カレ~~~ッ
フン!フン!!by ウシオ『サマータイムレンダ』TVアニメ第8話
なんと、波稲に伝授されていたのです(笑)。
そうかー歌うといつもよりおいしくなるのか~~
原作では──
潮のカレーへの食欲がMAXまで高まった時、彼女の体からあふれ出す周期的な運動、またはリズムのことだと思われる。
※アニメでは全文カット
by 『サマータイムレンダ』コミック4巻
と注釈付きで紹介されています。
潮は死んだ。
だから目の前にいるのは影。
それは分かっているのに「カレーのリズム」を歌う姿は正に潮そのもの。
こうして、慎平の心を動かしていくのですが・・・詳しくは『サマータイムレンダ』をどうぞ(笑)。(8話)
エピローグ
事件は全て解決。波稲は、ひづるの部屋でレポート仕上げに入っていた。
柊木凪
「写真を送ってくれたよ。ほら、さっき日都ヶ島ついたって」
「移住先にあの島を選ぶとはな」
「へへ、気に入ってくれるといいね」
年の近い凪とは、あれからすぐに仲良くなった。雑談の合間に日都ヶ島のことを話すと、彼女は予想以上に強い興味を持った。それから一か月も経たないうちに、こうして移住まで済ませてしまうのだから、たくましい行動力だ。by 『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
なんと、あんなに一人で生きていくことに自信がなかった凪が、日都ヶ島へ移住したのです。
それも遠く離島まで、一人で行ったのです。
それまでは、凪は、ひづるのマンションに一緒に住んでいたのでしょうか。
波稲も加わった3人での生活を、いつか知りたいですね。
ひづると波稲
「自分の作品が誰かの人生に、決して小さくない影響を与えてしまうかもしれない。道を踏み外すきっかけを与えてしまうかもしれない。書き終えて、いまはそればかり考えてしまう」
by 南方 ひづる『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
なぎさは、実際は凪のために、ひづるを拉致したのですが、それもこれも南雲作品に凪が傾倒しているから利用される切っ掛けとなりました。
強羅は、病的なまでの南雲作品への執着で、犯罪に手を染めてしまった。
ひづるは、悪い影響ばかりを立て続けに見てきたのです。
「ひづるちゃん。それなら最初に、私に読ませてよ」
by 南方 波稲『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
波稲は思いきって、自分の気持ちをひづるにぶつける。
自分こそが「ナンバーワンのファン」だと──
「不安やったらさ、見ててよ。南雲竜之介の小説を読み尽くしてる私がちゃんと、立派な大人に育つとこを。ひづるちゃんの仮説なんて、私が否定しちゃる」
by 南方 波稲『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介の異聞百景』
作品がその人に大きな影響を与え、誰かの人生を狂わせるかもしれない。
だけど、それ以上に、もっと多くの人に良い影響を与えているはず。
波稲は、ひづるの作品だけでなく、ひづるその人の生き方、考え方、物事の捉え方を間近に見て糧にしてきた。
そうです。
波稲が紛れもない、南雲竜之介の「ナンバーワンのファン」なのです。
『サマータイムレンダ』では、ひづるが中学生の時、互いに数少ない友達となった二人。
「影がいた世界」では、ウシオ達の前にハイネが現れた時には、既にひづるは退場し二人に接点はありませんでした。
代わりに、竜之介がハイネと仲良くなり、その結果か「影のいない世界」ではハイネは竜之介の子供・波稲として生まれ変わった(と思われます)。
つまり、波稲は元々はひづるの友達。
本編『サマータイムレンダ』ではあまり描かれなかった、ひづるとハイネ。
コミック『サマータイムレンダ2026 未然事故物件』で、二人はバディとなり。
小説『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介』で、波稲はひづるの良き助手役に、ひづるは波稲の良きチューターに、二人の絆はますます深まっていったのです。
波稲にとっては、同級生よりも気さくで、父親よりも信頼でき、そして何より憧れの人──
長い年月を経て、ようやく元鞘へ収まったのです。
おわりに (『サマータイムレンダ2026』第四章とは)
いや~~楽しかった!
幾人かの熱狂的ファンによる犯罪の狂宴。
終わりと思ったら、もう一つ展開があるどんでん返し。
やはり『サマータイムレンダ』と言えば「最後に、どんでん返しちゃれ」!
『サマータイムレンダ』を冠する小説に相応しい怒濤の展開、大満足の最終章でした。
第四章を読んだ後「あとがき」を読んで知りましたが、本小説、原作・田中靖規先生とありますが、田中先生が手がけたのは主に和歌山弁の監修。
ということは、ストーリーは半田畔先生が担当。
でも、まさに『サマータイムレンダ』の世界観、全く違和感がなかったです。
犯罪をコーディネートしていた裏方は退場してしまいましたが、本家『サマータイムレンダ』とは違い、続編は作成可能な設定。
今回、取り上げた現象はたったの4つ。
二人には、更なる怪奇現象に挑んで欲しいものです。
何せ『異聞百景』なのですから!
以上、小説『サマータイムレンダ2026』第4章の感想&考察レビューでした。
超長文にもかかわらず、最後まで読んで頂きありがとうございます。
さて、これで『サマータイムレンダ』関連の作品は全て取り上げました。
アニメ『サマータイムレンダ』全25話。
コミック『サマータイムレンダ2026 未然事故物件』全1冊。
小説『サマータイムレンダ2026 小説家・南雲竜之介』全4章。
計30本のレビューを書いてきました。(リンク一覧)
名残惜しいですが、本レビューをもって一旦締めです。
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
関連作品が出れば取り上げたいと思ってます。
最新情報はX(旧Twitter)(@toki23_a)にて!
ではでは。
ひづると波稲
もう一緒に住めばいいのに・・・
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TVアニメ『サマータイムレンダ』各話レビューはこちら
前半クール (1~12話)
コミック『サマータイムレンダ2026 未然事故物件』レビューはこちら